2010年5月8日土曜日

月下美人はなぜ一晩しか咲かないのか

和名が付けられた花の中には、粋なものがたくさんある。例えば「虞美人草」「紫式部」「綾波」「優曇華」「勿忘(わすれな)草」などなど。
 素晴らしい名前の花は数あれど、中でも最も美しく優雅な名の一つと言えるのが「月下美人」ではあるまいか。 美しさと気品が字面から伝わってくるだけでなく、詩的で、語呂もじつによい。このネーミングセンスは見事という他ない。
 
 花にあまり詳しくない方のために書いておくと、月下美人はサボテンの仲間で、サボテン科クジャクサボテン属に分類される。原産地はメキシコやブラジルといった南米熱帯雨林地帯。
 月下美人の名を聞いたことがあるという人でも、その実物の花を見る機会に恵まれた人はそう多くはないかもしれない。 よく知られているように、この花は年に1度、多くても2度しか花をつけず、咲くのは真夜中で朝には枯れてしまうからである。
たった2時間ほどしか花をつけない月下美人だが、20cmほどもあるその白くて大きな花は非常に美しく、また目に沁みるほどの馥郁(ふくいく)たる香りを立ち込めさせる。一夜限りのその希少な美しさのために、月下美人を栽培し開花を楽しみにする愛好家も少なくない。
 それにしても、月下美人はなぜ夜に咲くのだろうか。どうしてこれほど大きな花をつけるのだろうか。また花の色が白いのには意味があるのだろうか。最後に、なぜ一晩で花を落としてしまうのだろうか。
 
 これらの疑問に答えるためには、この花の原産地の環境を考える必要がある。 まず、植物が花をつけるのはその花粉を動物によって運んでもらうためだ。日本では主に昆虫がその役目を担っているが、月下美人のふるさとである熱帯雨林地帯では、もっと大きな動物も貢献している。 なかでも、月下美人が上客としているのは、コウモリである。
 多くのコウモリは昆虫などの小動物を主食とするが、木の実や花の蜜などを餌とする「果実コウモリ」と呼ばれるものもいる。月下美人の原産地では小型の果実コウモリが多いに花粉の媒介を助けているのだ。
彼らはホバリングしながら上向きに咲いた月下美人の花の蜜を舐めとり、同時に顔を花粉だらけにする。運よくそのコウモリが別の株に花粉を運んでくれれば、受粉が成立することになる。
 花粉のキューピッドが夜間活動するコウモリであることを考えると、いくつかの謎は解ける。昼の熱帯雨林はライバルになる植物が多い。それを避けて、月明かりの中でも最高に目立つ色である白の大輪を咲かせ、更に強力な香りを放って夜に活動するコウモリたちを誘因する。それにコウモリが乗ったくらいで折れてしまうようでは話にならない。大型で丈夫な花を咲かせる必要がある、というわけだ。
 では、数時間で花を落としてしまうのはなぜなのか。
明確な答えは難しいが、常緑植物である月下美人は子孫を残すのにあまり焦る必要がない、という要因があるかも知れない。また目立つ大きな花を咲かせるために大半のエネルギーを使い切ってしまい、花を長く保つ力がないともいえる。 月下美人は年に1度咲くと思われがちだが、十分な栄養を取っていれば2回花をつける。そのことからも、花にかけるエネルギーの比率がほかの植物よりかなり大きいということがわかる。花火のように、大きな力を一瞬で燃やしつくすのかも知れない。
 しかし、いくら理屈をこねてもこの花の神秘さと不思議さを解明することはできないように思う。見事な「自然の多様性」の一つと言うしかないのかも知れない。